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八ッ場ダム建設 初の移転

八ッ場ダム(長野原町)水没計画地の川原湯温泉街で約350年の歴史を刻んできた老舗旅館「山木館」が9日、移転代替地で上棟式を行った。13年春に新しい旅館が完成予定で、同温泉街の旅館では初の移転になる見通し。ダムは建設の是非を巡り国が検証を進めているが、14代目の樋田洋二さん(64)は「検証結果を待っていたら、いつ再建できるか分からない」と考え、移転を決めた。

この日は、柱などの基本構造が完成した自宅部分で上棟式を行った。白木の香りが漂う中、工事関係者ら10人が建物の四方を木づちでたたく「四方固めの儀」を執り行って工事の安全を祈った。自宅に続いて隣接する旅館の基礎工事に取りかかるという。

移転は、紆余(うよ)曲折を経て決断した。現在の山木館は、古き良き温泉街のたたずまいを残す木造の宿で、裏手にはムササビの現れる林が広がる。妻文子さん(63)は「この美しい場所を水没させたくない」と感じていたが、07年6月、移転代替地の分譲が始まると「いよいよ移るしかない」と心を決め、08年に土地を購入した。

ところが、設計事務所と話を進めていた09年9月、ダム中止を掲げた民主党政権が発足。中止になればダム湖を前提にした設計は変更する必要があり、移転準備は中断した。しかし、温泉街の衰退は進むばかりで、政権交代前に7軒あった旅館は2軒が休業に追い込まれた。山木館も宿泊客の予約が減り、電話で「まだ営業していますか」と聞かれるようになったという。

検証作業が長引く中、洋二さんは「我々も還暦を過ぎた。これ以上は待てない」と文子さんを説得。ダムの検証作業の結論を待たずに昨年12月、設計事務所と契約を結んだ。

移転代替地は山を切り開いて造られた平地で、真新しい住宅が建ち並ぶが、まだ観光施設や土産物店はなく、温泉街のイメージとはほど遠い。文子さんは「果たして旅館経営が成り立つのか分からないが、もう後戻りはできない」と話している。